ダルエスサラーム便り


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Twende Pamoja No.2

橋本芙美子


 

橋本 芙美子(はしもと ふみこ)




ルカニ村滞在記


キマロ先生ご夫妻とローズ  6月16日~19日までの4日間、ルカニ村に滞在しました。ルカニ村フェアトレード・プロジェクトの創始者、辻村先生の授業を大学時代に受けたことがあったので、村の名前とコーヒーを作っている村ということだけ知っていました。JATAツアーズスタッフのアレックスさんの故郷ということもあり、行く前から勝手に親しみを持っていました。

 4日間といっても、行きと帰りの移動にほぼ一日費やしたので、実際村をゆっくり歩いて回ったのは2日間です。ルカニ村はキリマンジャロの西斜面に位置するということで、昼間は半袖でいたいくらいなのに、朝晩は寒く冬服が必要でした。あまり暖かい服を持ってなかったので寒かったですが、澄んだ冷たい空気はとても気持ちがよかったです。

 17、18日とアレックスさんは仕事があったので、村に帰ってくるのは夜。さて、頼りのアレックスさんがいないけど、どうしようか・・・と思っていたところ、キマロ先生がいた!と思い出しました。お会いしたことはありませんが、辻村先生が9月に日本に招待する先生、ということを思い出し、さっそく訪ねてみることにしました。連れて行ってくれるのは、ローズという11歳の女の子です。出会ったときから人懐っこく私についてまわり、お世話をしてくれた、アレックスさんの親戚の子です。ローズと彼女の兄弟、近所の子たちは、辻村先生から教わったという日本の歌をいくつも歌ってみせてくれました。キマロ先生を訪ねたいというと、水浴びをしてきれいな赤いドレスに着替えてやってきました。私も、昼間とはいえ水風呂は寒い・・・と思いながらも、ええいっと頭から水をかぶって、子供たちがしているように水浴びしました。あとでアレックスさんに聞くと、「こんなに寒いのに水浴びはできない。お湯でないと…」と言っていましたが。  キマロ先生は、村で27年間小学校の教師をして、退職した今も塾を開いて教え続けています。見ず知らずの私を温かく迎え入れてくれ、村を一緒に歩いて紹介してくれました。

キマロ先生の塾  まずは、村の学校を訪問しました。村には小学校と日本の中学・高校にあたるセカンダリースクールの2校があります。あいにくその日は学校はお休みでしたが、窓から中を眺め、造りかけの教室に入らせてもらいました。机が所狭しと並べられ、黒板は書かれたまま残っていたので授業風景が想像されました。小学校は教室数、教師数とも足りているとのことでしたが、セカンダリーはどちらも足りていないそうです。学校は政府と村人たちの寄付、またフェアトレードコーヒーの売上の一部で建てられており、セカンダリーはあと6部屋ほど必要とのことでした。学校は崖の上にあり、そこからは緑が美しい谷が見渡せました。

 それから村の診療所と図書館に行きました。診療所は簡単な医療器具しか置いておらず、医師も1人、しかもその日は管理人さんがいただけでした。緊急の時はどうするのかと尋ねたところ、夜中でもお医者さんを起こす、と言っていました。お産もここでできるそうです。

 図書館は管理人の給料の支払いが滞っているため、現在は週に2日しか開けられていません。特別に中を見せてもらいました。中には図書室はもちろん、ビデオ室、会議室もありました。せっかくの施設もお金がないと開放できないなんて…。

 次の日は、午前中はキマロ先生の畑を見学しました。谷の斜面にある畑には何でもありました。コーヒー、トウモロコシ、キャッサバ、豆、バナナ、カボチャ、マンゴー、パイナップル、サトウキビ、などなど。トウモロコシ以外は全て自然農法で作られています。トウモロコシだけは化学肥料を使っているそうです。牛、鶏も飼っており、養蜂もしていました。食料は、お米や油、砂糖、塩、以外は自分の畑のもので十分で、村人が農作物を買いにきたりもするそうです。たくさんの農作物の世話は大変だろうなと思いましたが、豊かな土地があってそこでほぼ自給自足で暮らしていけるなんてうらやましい・・・と思いました。畑の中を通る湧水は、今は畑に使うだけですが、昔は直接飲んでいたそうです。

村の灌漑用水路  その後、村で買った新しいコーヒーの皮むきと選別を一度にするPENAGOSという会社の機械を見せてもらいました。この機械があれば良質のコーヒー豆を良い値段で販売できると村人たちは期待を寄せています。近年のコーヒーの価格低迷で、コーヒー栽培をやめてしまう村人も出ていたそうですが、今はまたコーヒー栽培に力を入れ始めています。

 お昼を食べにママローズのところへ戻り、美味しいご飯とシチューをいただきました。私だけではとても食べ切れない量を準備してくれたので、子供たちに食べてと言うと、取り合いになり、ひとりの子がお肉をたくさん食べた子を見て、「ママ、はやくきて!」とママローズを呼び、みんな怒られたのでした。自分も食べているのに…とおかしかったです。何かあったらお母さんに言う、というのは日本と同じなのですね。それでもけんかにならないところが良いです。でもこれは私が悪かったかな!?

 午後からは、村の教会の聖歌隊の練習を見に行き、そのあとキマロ先生の塾に行きました。塾は年間費用Tsh36,000(約US$25)に1時間Tsh100で、7歳から14歳までの子供たちを対象に教えています。でも、まだ学校に行っていない小さい子供も勉強していました。キマロ先生がいないときは、子供たちは自分たちで教えあったりして自習するそうです。子供たちの将来のために、また村のためにも、教育がとても大切だと言い、教えることをやめることはできない、と言っていました。キマロ先生の子供たちへの教育の大切さを思う気持ちは、とても強いです。大きい子供には自宅に呼んで勉強を教えることもあるそうで、この日も18歳くらいの男の子が先生の自宅で勉強していました。

 塾を閉める時間になると、一人ひとり出席確認をして、お金を回収します。その日の分だけ払う子供もいれば、何日か分をまとめて払う子もいました。

キマロ先生の畑  夕方みんなで歩いた帰り道は、子供のころを思い出させました。キマロ先生を先頭に、一列に並んで山道を歩きました。仕事を終えて村に戻ってきたアレックスさんも途中で合流して家に帰りました。キマロ先生とアレックスさんと3人でコーヒーを飲みながらお話し、二人は久々の再開を喜んでいたようでした。

 翌日、私たちはダルエスサラームに戻るため、朝早くにルカニ村を出ました。前回のキンゴルウィラ村のときもそうだったのですが、なぜかお別れの時になると子供たちはポカンとなるのです。昨日まであんなに親しくして一緒に遊んでいたのに。私が子供たちにさよならと言うと、ローズがさよなら…と小さな声で言ってくれました。他の子供は黙ったままです。さみしいのでしょうか(?)。

 ルカニ村の生活はとてもゆったりしていました。アレックスさんが、いつかは自分の育ったルカニ村に戻って畑をしながら暮らす、と言うのを聞いて、タンザニアの人は自分の村や家族、親戚との繋がりが強いと感じました。ルカニ村の人々は優しく、訪問者を歓迎してくれます。私は他人に対してこんなにも親切にしたり助けたりできるだろうか…と思わされました。

(2010年9月1日)


*「Twende Pamoja」  スワヒリ語で、一緒に行きましょう、という意味です。タンザニアのいろんな場所や出来事を紹介することを通して、タンザニアの魅力を一緒に発見していけたら、と思います。

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